2020/04/14

跳びはねる思考

自分の無知と偏見を反省した。

跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること (角川文庫)

僕と自閉症
もしも、僕が定型発達なら、今よりもっと、明るい性格だったのではないかと、考えることがあります。定型発達とは、いわゆる普通の人々のことです。
僕は二十二歳の自閉症者です。人と会話することができません。僕の口から出る言葉は、奇声や雄叫び、意味のないひとりごとです。普段している「こだわり行動」や跳びはねる姿からは、僕がこんな文章を書くとは、誰にも想像できないでしょう。
みんなから見れば、自閉症者の言動は謎だらけで、奇妙にさえ感じるかもしれません。この社会の中に、僕の居場所はないのです。まるで、広い海の中に浮かんでいる小舟のように、この世界を漂っています。
特に困っているのは、本当の自分をわかってもらえないことです。
では、わかってもらえさえすればいいのでしょうか。
新しい知識の習得は、人の好奇心を満たし、生きる意欲につながります。けれども、いいことばかりではないと思います。知ることと、行動することは、別の問題だからです。
例えば「自閉症を理解してください」と言われても、多くの方は戸惑われるような気がします。自閉症が何かわからないというより、その人たちにどうしてあげたいのか、自分の心が見えないからでしょう。
啓発活動をしている人は、障害の理解を広めれば、誰もが暮らしやすい社会がつくれると考えています。しかし、人の心は複雑にできています。理解できたから、協力するとは限りません。正しさがいつも、世の中を動かすわけではないのです。いろいろな矛盾を含め、多くの人たちの意思でこの社会は成り立っています。
それでも、自閉症を知ってもらうことで生きやすくなると思うのは、僕を見るみんなのまなざしが、変わってくるからです。

刺すような視線
自閉症の僕はいつも、視線に踊らされています。人に見られることが恐怖なのです。人は、刺すような視線で僕を見るからです。
障害を抱えているために、目に見える言動が、みんなとは違うせいでしょう。まるで原始人のようだと、自分でも思っています。
理性で感情をコントロールし、会話によって思いを伝え合う現代社会は、僕にとって異次元に迷い込んだかのような世界です。
人の目に映る自分の姿を想像しただけで、この世から消えてしまいたい気分になります。僕が抱えている心の闇は、どんな魔法をかけても消えません。
人は誰でも、心に傷を抱えながら生きているのではないでしょうか。その傷が、すぐに癒える人もいれば、いつまでも消えることなく残る人もいます。そして、僕のように暗闇の中で悲鳴を上げ続ける人もいるのです。
なぜ、このような違いが表れるのでしょう。それは、心があやふやで、いつも変化しているものだからだと思います。一時も僕を待ってはくれません。悩んでいる時でさえ、僕は自分の心に、振り回されてしまうのです。
苦しくてたまらなくなると、空を見上げます。目に飛び込んでくるのは、抜けるような青空と白い雲です。見ている僕はひとりぼっちなのに、世界中の人とつながっている気分になります。
自然はどんな時も、人々に平等です。そのことが僕の心を慰めてくれるのです。
お日様は頭上を照らし続け、風は四六時中、僕の隣を通り抜けます。木々の緑は美しく、空気は澄んでいます。
こんな自然の中でなら、ありのままでいられるのです。
つらい気持ちは、どうしようもありませんが、ひとりではないと思える瞬間が、僕を支えてくれます。

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